男は自らの言葉の行き届かないことを詫びると、身分を明かしました。
私、今橋の鴻池善右衛門の手代で佐兵衛と申します。
佐兵衛が言うには、この家のぼん、つまり男の子が真っ黒な犬を飼って「クロ、クロ」と呼んで毎日遊んでいたのですが、この犬が先日病気で急死してしまいました。ぼんが「クロはどこへ行った!」というので、それらしい犬を連れてきて見せても、違う犬だと納得せず泣きわめくばかり・・。
憔悴する子供を周囲が案じていた矢先、佐兵衛がこの店の前を通りがかったのでした。3匹のうち、真っ黒な犬がクロに生き写しで、うれしくなって商家に飛び込み、主人に話を持ち掛けた、というのです。前の犬が病気で亡くなったこともあり、日柄を選んで、今日この日に頂戴にあがった次第、という事情を伝えます。
吉日ということを、「今日は【てんしゃび】でございます」と表現しています。これも使わなくなった言葉ですが、漢字で書くと「天赦日」。天がすべての罪を「赦す=許す」日ということで、最上の吉日とされています。季節と日の干支とでこの「天赦日」が暦に載せられるそうです。
どれくらいの頻度の日かと、今年2024年の天赦日を調べたところ、7日ありました。
1月1日/3月15日/5月30日/7月29日/8月12日/10月11日/12月26日
7-8月の間が半月くらいですが、それ以外は1~2ヶ月半くらい離れていますね。
それはともかく、佐兵衛が持ってきた「犬の対価にしては過剰な品物」は鴻池の主人の慶事ということで納めていただきたい、というのでした。更には、雄の犬をいただくということは、養子に頂いたようなもの、品物は結納替わりということで、と続けます。
佐兵衛の言葉で合点がいった主人は相好を崩します。「あ、さよか。相手は鴻池さんでおましたか!鴻池さんならこれくらいのことはあるやもしれん、こっちこそ失礼なことで・・あの犬も幸せなもんじゃこんな立派な家にもらわれるやなんて・・」
かくして黒犬は今池鴻池にもらわれていきますが、この続きは次回で。