おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

仰げば尊しわが師の洪庵(「福翁自伝」より)8

良仙のなじみの遊女の名前で、手紙を作り、誘いをかけようというのです。まず福沢が手紙の文章を考えます。しかし福沢が書いては男の筆跡なのがまるわかり、そこで塾生の中から御家流の書道の書き手に頼み、女性の筆跡らしく書かせます。そうしてできた手紙は、適塾の玄関で取次をする書生に言い含めて、「これを新地から来たといって手塚のところへ持っていけ。しかし事実(福沢から渡すようといわれた)を言ったらぶち殴るぞ。」と脅迫して悪事の片棒を担がせます。

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適塾二階から階下を見下ろす

取次の書生は良仙のところに、「手紙に鉄川さまとあったが、塾中に鉄川という人はおらず、たぶん手塚君のことだと思って持ってきた」と手紙を渡しました。

共謀者たちは部屋の陰から良仙の様子をうかがうと、ひとりで手紙をじっと見ている様子。「鉄川」の名は手塚の二字を大坂のなまりで「てつか」ということから、手紙の書き手が一計を案じたものでした。

良仙は、2,3日は塾にとどまっていたものの、ついに新地に出かけて行ってしまいます。共謀者たちは「しめた」と思いながら、良仙が朝帰りしてきたのをつかまえ、「約束を破ったのだから坊主にしてしまおう」と髪の髻をつかまえ鋏を鳴らします。

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適塾二階から外を臨む

良仙はたまらず「勘弁してくれ」と手を合わせます。そこで共謀者の中から仲裁役めいて「福沢、あまりひどいじゃないか」「いや、坊主になるのが約束だ」と言い合いを始めます。こんどはもう一人が仲を取り持つように、良仙に坊主になる代わりに、酒や鶏を奢らせて、果ては一緒に飲みながら冷やかします。「お願いだ、もう一度(新地に)行ってくれんか、また(こうして)飲めるから」

良仙はすっかり騙された形ですが、福沢はこの項を、「ずいぶん乱暴だけれども、それがおのずからいけんになっていたこともあろう」と、すまして締めています。

こうして福沢の大坂時代は過ぎていき、洪庵は江戸へ出て、その生涯を終えるのですが、次回はその前後の福沢についてご紹介します。