おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

吾輩は駅である 名前はまだない

この項ではずっと「中央停車場(東京駅)」という書き方を続けてきましたが、建設工事中も駅の正式名称は決定していませんでした。現在なら「高輪ゲートウェイ」のように公募で候補をあげて、その中から有識者が決める、というようなことも考えられますが、当時はそうした名称の決め方はしていません。東京には既にいくつもの駅が存在するので、「東京駅」とする案には難色を示す意見も多かったのです。ちなみに、イギリスのロンドンには「ロンドン駅」は無く、「ハリー・ポッター」に出てくる大きな駅は「キングスクロス駅」です。また市街線の計画の元となったドイツは「ベルリン中央駅」でしたので、単に「中央駅」や「東京中央駅」というのが当初の有力案だったようです。

創建当時の三階回廊に用いられていたブラケット

「東京駅」の名を提案したのは当時の鉄道院文書主任の中川正左でした。日本の鉄道の中心として、日本全国の人に一番わかりやすい名前を、ということでこの意見を主張し、最終的にこの名前が決まったのが大正三年(1914)12月5日のこと。駅建設の工事が全部終わる9日前、開業の13日前のことでした。

現在の三階回廊 柱の上の緑色の部分の三角の金具が、上のブラケットです
12月8日、東京駅は開業式の日を迎えます。鉄道院は2,345名に招待状を出し、うち1,508名が出席しました。当初は大正天皇の臨幸を仰ぐ計画もあったそうですが、これは即位大典の直前であるという理由で中止となっています。
午前9時、鉄道院副総裁の古川阪次郎の開会のあいさつで始まり、仙石貢総裁の式辞の後に登壇したのは、首相大隈重信でした。四十数年前に、日本最初の鉄道を建設する時にその推進役となった大隈が、今度は首相として東京駅の開業に立ち会い、演説する、というのも運命的なめぐりあわせを感じます。
開業式典の話が続きます。