おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

推しが菊2

平安時代から、九月九日の「重陽節句」に、菊の香りを移した「菊酒」を飲んで邪気を払い無病息災や長寿を願う風習が中国から伝わっていました。菊の香りを酒に移す、といっても、花びらを浮かべるくらいのものから、蒸した菊の花びらを一晩くらい花を浸すというくらいのもので十分菊酒になるようです。梅酒のように漬け込む、というレベルではないので、現在でも簡単に楽しめそうです。

すがも菊祭り 真性寺境内  2022年11月12日撮影

中国では、菊は霊薬とされていて、邪気を払い長寿の効用をもつといわれていますが、確かに菊の香りは甘い香りというよりは薬っぽい感じです。どこか墨のような香りもします。実際、菊の香りを分析すると、樟脳の香りの「カンファー」と、墨をすったときに発せられる香り「ボルネオール」の成分から構成されているそうです。文人に好まれたのには。この墨の文化的な香りも人気の一因となっているのかも知れません。

余談ですが、蚊取り線香の原料となる「除虫菊」ですが、地中海沿岸が原生の植物で、日本に入ってきたのは明治時代です。渦巻形の蚊取り線香もそれ以降のものです。
さて、宮中では重陽節句に「菊酒」を楽しむだけでなく、「観菊の宴」が開催され、菊の花を愛でる風習もありました。

すがも菊祭り 大正大学さざえ堂前

こうした風習はまだ一般庶民にまで拡がってはいませんでしたが、一気に広まったのは、江戸時代17世紀末の元禄の頃からといわれています。18世紀初頭の正德になると「菊合わせ」がしばしば行われるようになります。「菊合わせ」とは、元々宮中で菊を歌った和歌を競ったものですが、ここではそれぞれが栽培した菊の花を持ち寄って花輪の美、作柄などを品評して優劣を争う催しをいいます。まさに菊の品評会、コンテストが行われていたわけです。

小岩善養寺の影向の菊祭り 2022年11月12日撮影

菊の栽培は、江戸、伊勢、京都、熊本などでそれぞれ独自に発展し新たな品種が生み出されます。また、花の見せ方として「仕立て」の方法もさまざまに発展していくのですが、その話は次回に。