おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

ハラキリの真っ最中2

話は新正堂に戻ります。店の外には荘重な音楽がエンドレスで流れているのですが、この曲は昭和三十九年(1964)大河ドラマ赤穂浪士」のオープニング。「赤穂浪士」は、大河ドラマの第二作にあたります。

切腹最中 はみ出さんばかりの餡が特徴です

第一作は井伊直弼を描いた「花の生涯」、翌年の第三作は「太閤記」でした。第一作当時は「大河ドラマという名称ではなく、「大型時代劇」の名称で、毎年時代劇をやる予定でもありませんでした。「花の生涯」の成功で、同趣向のドラマを毎年作る方針に変更され今に至ります。

二作目からは「国民的文学をやれ」という指示により選ばれたのが「赤穂浪士」、すなわち「忠臣蔵」の物語だったのです。「国民的文学」として「太閤記」よりも先に名前が挙がったところが肝心です。主役の大石内蔵助は、大スター長谷川一夫が演じました。一年間全52話で、47話に討入りを持ってくる粋な構成です。

討入回の視聴率は53%! 現在でも大河ドラマ史上最高視聴率記録です

この放送の始まる直前の1月5日に、読売新聞が『花の生涯』と『赤穂浪士』を「大河小説」になぞらえて「大河ドラマと表現しました。NHKでは「大型時代劇」→「大型時代ドラマ」の名称を十数年使用していましたが、昭和五十三年(1978)の「黄金の日々」の頃からはこの表現が一般的となり、現在に至っています。
大河ドラマ」の話で横にそれてしまいました。今でこそ時代劇は少なくなりましたが、三十数年遡ると、12月といえば「忠臣蔵が何かしら放送されるのが常でした。歌舞伎の人気演目でもあり、「興業の独参湯(どくじんとう)」と言われていました。朝鮮人参を用いた漢方の気付薬になぞらえて、客の入りが良くないときに「忠臣蔵」を演目とすると、たちまち観客がつめかける、ということからそう呼ばれるようになったようです。

次回からは、赤穂騒動にちなんだ場所も交えながら話の筋を追っていくことにします。