とすると、下部は単なる台なのかという疑問が湧いてくるのですが、「なみはや号」を見た3カ月後、大阪府藤井寺市内を散策していると、遠目にも異様な建築物が目に入りました。
葛井寺(これも「ふじいでら」)の千手千眼観音(本当に1,000本の手のある仏様です)の開扉公開日でそれを目当てに出向きました。

さらに南に300mほど行くと「岡ミサンザイ古墳(伝仲哀天皇陵」)があるのでついでにそちらにも、と思って歩いていくと、
何だあれ? という異様な建物が目に入りました。

藤井寺市立生涯学習センター「アイセルシュラホール」。この地域で出土した「修羅(しゅら)」と船をモチーフにした建物だそうです。どうも「修羅」というと「阿修羅」とか「修羅場」という言葉が思い浮んで(「修羅」の元の意味は「阿修羅」の略称なので当然ですが)武器のようなものを想像してしまいがちですが、巨石・大木を運搬するための「そり」状の道具をいいます。

昭和五十三年(1978)中学一年生になりたての私も、新聞やテレビで「歴史的な発見」として取り上げられていたのを覚えています。(大和王朝=奈良という思い込みからか、奈良で発見されたと思っていました)古墳の石棺などに使用する巨石の運搬に使用されたもの、ということで当時行われた見学会には12,000人もの人が訪れたそうです。
この建物の大きく反り返った前方部を見て頭に浮かんだのが「なみはや号」でした。続きは次回で。

















