おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

「櫻守」終章 ササベザクラ2

笹部さんが大阪から神戸岡本に引越したのは、昭和三十五年(1960)のこと。庭の桜の世話を続ける中で、四年後の昭和三十九年(1964)から、自生したある桜の成長日記をつけるようになりました。それは「桜男」がこれまで見たことのない桜でした。 芽生えてか…

「櫻守」終章 ササベザクラ1

葬式をすませたあと、喜七が残っていてくれて、 海津に埋めるとなると、竹部先生にでもたのまんとあかんなァ といいます。地元の共同墓地というからには、その村に住んでいない弥吉をそこに葬るいわれはありません。 いずれにしても生前の関係からあいさつに…

「櫻守」を歩く14

あるとき、近江舞子で桜が何本も引き倒されているのを目にします。ドライブインを建てるため道を拡げるのに引き抜かれたとのことで、移植もせず放っておかれるのを、弥吉はしばらくの間、小雨に濡れながらぼうぜんと眺めていました。その後で北に車をとばし…

「櫻守」を歩く13

弥吉は京都鷹ヶ峰に八年前くらいから家をもち、庭に桜を植えています。 竹部から受けた教訓で桜のうしろには楓と松を植え、花が咲く季節に花が浮き立つように工夫をし、狭いながらもこのあたりで評判の庭です。桜はもちろんのこと楓も松にも手入れを怠りませ…

「櫻守」を歩く12

この年の四月、何気なく新聞を読んでいた弥吉は、ある見出しに眼をとめます。 桜の園へ時勢の嵐、名神道路の犠牲に、非情を嘆く老持主 竹部の持つ向日町の苗圃の記事でした。古来の桜の名木の種子、苗木を植えた『桜を守るためのトリデ』が危機に瀕している…

「櫻守」を歩く11

東山の高台寺にあった老舗の料亭が、北白川に移転するのでその移転先の庭造りをするというのです。下見に行った喜七がほくほく顔で言います。 えらい仕事やぞ、弥吉ィ。のっぺら坊の山裾に、三百からの石運んでよったわ。楓も、松も桜も植えんならんはなしや…

「櫻守」を歩く10

「かつぎ屋」とか「野菜売り」というと聞こえはいいですが、戦後すぐの配給・統制経済の中では「闇屋」ということです。一つ間違えば、警察の取り締まりを受けることもあり得ますが、二人とも植木職人で、京都の上流家庭や寺院に顔見知りが多かったこともあ…

「櫻守」を歩く9

八月十八日、弥吉は腹をこわした状態で伏見の輜重輓馬隊を除隊となりました。毛布一枚と編上げ靴一足を分配され、終戦後の世間、しかも炎天下に放り出されたのです。そこからの約十日間はその体調の事を忘れてしまうくらいの目まぐるしい日々でした。 真夏の…

「櫻守」を歩く8

向日町の弥吉のもとに送られてきたのは「白紙(しろがみ)」でした。兵隊として召集される「赤紙」とは異なり、労働力として召集する、いわゆる「勤労動員」の令状は白い紙に印刷されていたためそう呼ばれたのです。 弥吉の行先(召集される先)は「舞鶴軍需…

「櫻守」を歩く7

園との結婚した後も、弥吉は竹部のもとで桜の育成を学んでいきます。弥吉はもともと染井吉野を美しいと思い、庭に植え替える際に重宝していましたが、竹部は染井吉野をこき下ろします。 染井霊園の染井吉野 竹部はなぜ染井吉野を評価しないのでしょうか 竹部…

「櫻守」を歩く6

前回、「楊貴妃は今晩あたり満開ですわ」という竹部のセリフがありました。「楊貴妃」が桜の品種名であることは、容易に想像がつかれたかと思います。 「公益財団法人日本花の会」のホームページによると、「楊貴妃」は「昔、奈良にあった名木といわれ花色も…

「櫻守」を歩く5

披露宴は武田尾温泉の宿「たまや」で、身内だけをよんで行われました。戦争中のことで、この地域でも灯火管制がやかましく、夜の明かりは自粛しなければならず午後一時からの宴でした。 竹部を中心に話が盛り上がる中、それまで黙っていた弥吉が突然竹部に言…

「櫻守」を歩く4

近在の「切畑」という集落から、鉱泉宿に勤めに出きていた園は二十四歳。竹部の演習林とは意外な縁がありました。 「あんた、うちの山知ってはりますのんか」 「・・・小っちゃいじぶんから、トンネルくぐって、桃やらあけびやら、さくらんぼとりに、むかし…

「櫻守」を歩く3

暗がりに入ると、前方にどんぐりの実ほどの穴が光っている。 真っ暗なトンネルの先、小さく出口の光が見えます 百二十一の枕木を、弥吉は、背の高い主人のあとからかぞえて歩いた。一つをすぎると、すぐにまたトンネルがきた。(中略)二つのトンネルをくぐ…

「櫻守」を歩く2

笹部さんの武田尾の演習林は、大阪から40分足らず宝塚線(福知山線)「武田尾」駅から徒歩10分くらいのところに入口があります。この徒歩ルートというのが、旧福知山線の廃線跡をたどる、味のある遊歩道です。 武田尾駅 トンネルを抜けてすぐ駅があります(…

「櫻守」を歩く

今年の春は笹部新太郎、という人物を知り、そこから彼をモデルにした水上勉さんの小説「櫻守」を知り、その舞台をいくつかたどりました。小説のフレーズも抜き出しながら、その世界観をご紹介できればと思います。 主人公の弥吉は山桜の美しく咲く鶴ケ岡に生…

感嘆の桜2

昭和三十七年(1962)6月の除幕式には、荘川桜の移植成功(活着)は明らかで、春には残された枝や新たに生えた枝から花をつけはするものの、往時の勢いを取り戻すには小枝が大きな枝となるまでの歳月を待たねばなりません。除幕式に参列した人々は、その日を…

感嘆の桜

工事が終わって、一同はほっとしたものの、手術と同じで成功したかどうかは年を重ねてみないとわかりません。ダムの底に沈む予定の桜が移植されたというニュースは、荘川村から移転した元村民の人たちにも伝わっていました。が、その反応は冷ややかなものだ…

根は口ほどにものを言う2

「切口にコールタールを使おう」 コールタールは石炭を精製するときに分離して生成される油状の物質です。当時は鉄道の枕木や、電柱(木製)の防腐剤に使われていました。 当時、材木の防腐剤としては最強のものでしたが、生きた樹木にそれを塗布することな…

根は口ほどにものを言う

移植工事は単純な工程だけでいえば ①桜を根まで掘り下げる(運べる状態にする) ②移植先に桜を運搬する(直線で600m、高低差は50m以上) ③移植先に桜を植える というものですが、これだけの巨樹で、しかも傷に弱い桜のこと、慎重に進めていく必要があります…

桜馬鹿~君よずっと幸せに4

昭和三十五年(1960)4月、ダムの堤防上の芝貼りを任されていた植木職人丹羽政光さんに電源開発の職員が声をかけます。丹羽さんは佐久間ダム建設で周辺の植樹等に実績のあった「庭政造園」の親方でした。 「お寺の桜を電源開発で移植することになっているん…

桜馬鹿~君よずっと幸せに3

笹部さんは自らの山林から苗木を移植や、老樹の世話を行うことはあっても、これほどの樹の移植の経験はありません。折しも笹部さん自身が京都向日町に持っていた桜の苗圃(びょうほ:苗木を育てる畑)を名神高速道路建設用の砂採取地として奪われ(回買い上…

桜馬鹿~君よずっと幸せに2

昨日、このブログ用に阪急宝塚線「雲雀丘花屋敷」にある高碕記念館を訪ねました。丘の斜面(この周辺すべてがそういうお屋敷なのですが)に造られた邸宅で庭からの眺めが素晴らしいだけでなく、ヴォーリズの設計建築として知られます。 高碕記念館からの眺望…

桜馬鹿~君よずっと幸せに

荘川桜の移植についてご紹介するにあたって、岐阜県に建設された「御母衣(みぼろ)ダム」の説明をしないといけません。 戦後の日本復興にあたって電力が慢性的に不足していたことから、日本国内の電力供給促進のため昭和二十七年(1952)「電源開発促進法」…

花は桜木、浪花節3

大阪の桜の名所として必ず挙げられるものに「造幣局の通り抜け」があります。江戸時代、この地には藤堂家(津藩)の蔵屋敷があり、敷地には多くの桜が植えられており、藤堂藩は春の桜の時期に屋敷を開放していました。藤堂藩というと、江戸の染井あたりの下…

花は桜木、浪花節2

自ら「桜男」と名乗り、桜に一生を捧げた「笹部 新太郎(ささべ しんたろう)。この人物のことはこの博物館を訪れるまで知りませんでした。 wikipediaの冒頭部分は氏の事を次のように記しています。 日本の植物学者。東京帝国大学在学中から桜の研究を始め、…

花は桜木、浪花節

鴻池の話は途中なのですが、今年の桜が終わる前に書いておきたいことがあり、ここから何回か桜の話にお付き合いください。 3年前の3月からブログを始め、最初の方で「ソメイヨシノ」(染井吉野)についてご紹介しました。江戸園芸が生み出した頂点の一つであ…

果てには茶碗~鴻池の粋7

駆け出したクロが戻ってくると、今度は「う巻き」をもって 「さぁ、これ食え」 「兄さん、これ何です?」 クロは弟に「う巻き」とはうなぎを卵で巻いたものであること、だんさん(旦那さん)が食い飽きたと見えて、これをくれたことを告げます。 「へぇ~聞…

果てには茶碗~鴻池の粋6

しばらく間があいてしまいましたが、弟との再会と果たしたクロのリアクションから。 病犬のみじめな境遇を聴いていたクロは、弟と町役の二匹の犬に向かって 「一丁目、二丁目聞いてくれ、これは俺が子供の時分に別れた弟や」 「え!弟はん!何とまぁ鼻筋がよ…

「舟を編む」とヅーフと日葡辞書3

ズーフ・ハルマの筆写ということでは、大坂の適塾の話が有名です。前々回写真も載せましたが、2階にある3畳ほどの小部屋が通称「ズーフ部屋」と呼ばれる部屋で、塾生たちがこの部屋にある一組の辞書を自身のものとするために書き写したのです。(それ以外に…