おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

梅を天に任せる

湯島天神の最寄り駅は、地下鉄千代田線の「湯島」ですが、JR「御徒町」からも徒歩圏にあります。 湯島天神 お参りされる方が絶えません 社伝によると、雄略天皇二年(458)一月 勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命(あまのたじからおのみこと)を奉斎し…

鶴は千年、梅は万年2

亀戸天神の北西にはスカイツリーがあり、浅草寺同様にスカイツリーと社寺のコラボ写真が撮影できるスポットです。大鳥居をくぐった先の心字池に赤い3つの橋が架かっています。太宰府天満宮に倣ったものとのことですが、手前に太鼓橋、次に平らな橋、最後にも…

鶴は千年、梅は万年

天満宮の話でずいぶんと遠い話になりましたが、今回から東京の天神社と梅のご紹介をしたいと思います。「全国天満宮梅風会」のHPによると、全国に菅原道真をお祀りしている神社は約12,000社あるそうです。会員神社の都道府県別一覧を拝見すると、近畿地方と…

春は梅見ごこち6

多治比文子(たじひのあやこ)に対し、枕元にたった道真は、 「我昔、世に在りし時、しばしば右近馬場に遊覧せり。~中略~須らく彼処に禿倉(とくそう=ほこら)を構へて潜寄の便を得しめよ。」 かつてこの世にあった頃、北野の地にあった宮城の土居(土を盛…

春は梅見ごこち5

最初に、この回と次回以降で京都御所と北野天満宮の写真を載せていますが、手元には三十年以上前のフィルム写真しか残っておらず、大学時代の先輩と友人のご厚意で写真を提供していただきました。この場を借りて御礼申し上げます。 時平が亡くなる五年前の延…

春は梅見ごこち4

話を道真左遷の宣命が発せられた時点に戻します。当時宇多上皇は、東寺で受戒を受け出家した後、仁和寺の開基となっていました。道真左遷を耳にした宇多上皇は、仁和寺から御所に向かい、内裏に参内し息子醍醐天皇に翻意を促そうとしました。 宇多上皇(法皇…

春は梅見ごこち3

菅原道真が左大臣藤原時平の讒言に遭い、大宰府に左遷されたのが昌泰四年(901)のことで、その際同じく宇多上皇の側近たちも左遷・流罪となりました。この事件は「昌泰の変」と呼ばれます。単純に右大臣であった道真と、左大臣時平の間の個人的な確執という…

春は梅見ごこち2

ヤバい系、というとなんだか物騒にきこえますが、漢字では「野梅系」。梅には、花を観賞することを目的とした「花梅」と、実を収穫することが目的の「実梅」に分けられますが、その実梅を「野梅系」「緋梅系(ひばいけい)」「豊後系」の三つの系列に分けて…

春は梅見ごこち

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。春の花といって思い浮かべるのは、どうしても「桜」となりがちですが、比較的盛りが短い桜に比べ、その一、二か月以上前から春の訪れを長く楽しませてくれるのが梅の花です。 ちなみに、万葉集の歌のうち、「桜」を…

番外編 豚もおだてりゃ塔に登る2

高さ150Mというのは、ビルでいうと42階くらい、新横浜にある「新横浜プリンスホテル」がちょうどそのくらいだそうです。また、今年の初詣は、京都府八幡市にある「石清水八幡宮」にお参りしたのですが、この八幡宮が鎮座する男山(鳩ヶ峰)の標高が143Mとの…

番外編 豚もおだてりゃ塔に登る

東京タワーでは、「オープンエア外階段ウォーク」を開催しており、現在(令和四年二月九日)高さ150Mのメインデッキまで歩いて登ることができます。(下りコースは休止中)実際に老骨に鞭打って登ってきましたのでその時の写真などを紹介します。 階段で登る…

ヘーンシン 塔~!5

「心柱」が未完成だったので、制振機能を発揮するための制振システムのオイルダンパーはまだ取り付けられていません。こうした時期に発生した地震に、スカイツリーが大きなダメージを受けることなく、点検確認後には工事を再開、三月十八日にはついに、完成…

ヘーンシン 塔~!4

システムが地震の発生を検地したことから、リフトアップ作業自体は一時的に中断されましたが、ゲイン塔は塔体の最上部に設置された転倒防止ジャッキだけで押さえられている状態です。もちろん大型地震を想定し備えはされています。しかし、他のインフラでも…

ヘーンシン 塔~!3

平成十八年(2006)三月に新タワー建設地が決定すると、その年の十一月にはデザインが公表されました。着工は平成二十年(2008)七月のことでした。その約一か月前の六月十日、新タワーの正式名称が決定しています。 名称については、前年十月~十一月に名称…

ヘーンシン 塔~!2

最終的に乗りを上げていた候補地は15ありました。「タワー推進プロジェクト」の参加6社は、最適な建設地を選定するため、各社2名ずつ担当者を選定、2社一組で15の候補地を分担して調査しました。 また、タワー建設構想の当初から基本ルールがありました。「…

ヘーンシン 塔~!

第二の東京タワーをどこに建設するか、東京都内(+さいたま)の各地で構想が浮かんでは消えています。 かなり初期の段階(平成十年=1998)に『さいたま新都心タワー』(SST)建設を目指した『さいたまタワー(株)』が設立されています。さいたま新都心…

お楽しみはこれ、カラーだ4

昭和三十九年(1964)、東京オリンピックの開催した年のテレビ受信契約数は約1700万件、世帯普及率は87.8%になっています。昭和三十四年(1959)のご成婚の年のそれは約415万、23.6%と、この五年の間に契約数は四倍以上になりました。(昭和三十九年の16型…

お楽しみはこれ、カラーだ3

東芝未来科学館に展示されたカラーテレビの上に、カラー放送当日の新聞のテレビ欄のコピーも展示されていました。 九月十日のテレビ放送欄 KRテレビは現在のTBSテレビ、日本教育テレビはテレビ朝日にあたりますが、カラー放送はピンク色のアンダーラインの部…

お楽しみはこれ、カラーだ2

カラー放送の原理は、撮影するカメラが画像を光の三原色(赤・青・緑)に分解し、その信号を電波に載せてテレビ側に送ります。テレビ側では、電波信号は電子銃により電子ビームとなってブラウン管に当てられます。その三色の光の粒子の組み合わせでカラー映…

お楽しみはこれ、カラーだ

この時代、視聴率調査は日記式アンケート調査を年四回実施していたようです。 この方法は、調査員がアンケート調査票を対象世帯に届け、後でその調査票を回収して集計する、というものです。ということは、「今日はこの時間○○を観て、その後▲▲を観た」という…