2025-01-01から1年間の記事一覧
文化元年(1804)に、南畝は長崎奉行支配勘定方として派遣され、約1年間長崎に滞在します。この時期、ロシア使節レザノフがこの地に来航しており、幕府は対応に追われていました。長崎奉行所はレザノフ達使節のために宿舎を建て、南畝はそこを検視した際に接触…
松平定信による「寛政の改革」において出版統制が行われ、蔦重が身上半減の処分を受け、山東京伝(演:古川雄大さん)が手鎖五十日の刑に処せられたのは「べらぼう」でも描かれたところ。恋川春町(演:岡山天音さん)の自死もシーンもありました。 大田南畝…
桐谷健太さんが演じていた大田南畝は蔦屋重三郎の生まれる一年前、寛延二年(1749)この世に生を受けました。狂歌三大家の一人で洒落本の世界でも名を成した南畝ですが、幼少から学んだ国学・漢学の素養のある人物でした。 ドラマ撮影に使用された扇(たいと…
「拍子木が聞こえねぇんだけど・・」(拍子木がチョーン) 「べらぼう」終わってしまいました。また運河の話の途中ですが「べらぼう」の話を・・。ドラマ直後の「べらぼう紀行」に蔦重の墓のある正法寺が紹介されていましたが、9月に訪問した写真があります…
「拍子木が聞こえねぇんだけど・・」(拍子木がチョーン) 「べらぼう」終わってしまいました。また運河の話の途中ですが「べらぼう」の話を・・。ドラマ直後の「べらぼう紀行」に蔦重の墓のある正法寺が紹介されていましたが、9月に訪問した写真があります…
狭い空間ということで「一畳敷」を連想してそれに触れてみましたが、「巷間(こうかん)からの離脱」というイメージが共通しているような気がします。抹茶を日本にもたらしたのが臨済宗の開祖、栄西であるというのは教科書にも載っている通りです。 千家の墓の…
北海道」の命名者として知られる松浦武四郎は何をした人なのでしょう。伊勢国で生まれ、二十代半ばから蝦夷地を探検し江戸幕府から「蝦夷御用御雇(えぞごようおやとい)」に抜擢され、明治政府に代わってからも「蝦夷開拓御用掛(えぞかいたくごようかかり…
最初に申し上げておきますが、話は堺と利休の話から外れます。「待庵」は二畳のお茶室であった、といってもその狭さにはピンとこなかったのですが、先日千駄木にある「旧安田楠雄邸」を訪れた際、「二畳」という空間を実感しました。といってもお茶ではなく…
本能寺の変で信長が横死、秀吉が「中国大返し」の後「天王山の戦い」で明智光秀を破ったのは天正十年(1582)六月のこと。天王山は京都と大坂の間にあり、山の南側で三川(桂川・宇治川・木津川)が合流して淀川となり、川に沿って右岸に西国街道と京街道が…
「黄金の日日」では丹波哲郎さん演じる今井宗久は,安土城の炎上を見て「わしの時代は終わった」と堺の港から呂栄を目指して船出します。ナレーションが「しかしその船は呂栄に着くことはなかった」と行方が分からなくなったことを暗示してドラマからフェード…
信長が宗久に堺の鉄砲鍛冶の統制権を与えたことで、堺での鉄砲生産はさらに発展していきます。もともと今井宗久自身が「これからは鉄砲の時代になる」と予測をしていた人物でもありました。特権を与えられるより二十年も前の天文十七年(1548)には火薬の原…
親信長派の今井宗久が会合衆の中で中心的な存在となると、これまで反信長的な立場であった「能登屋」「紅屋」たち旧主流派は力を失います。「黄金の日々」初回でも宗久と語らっていた納屋宗易(千利休)や。当初は反信長ではあったものの鞍替えして信長に接…
永禄十一年(1568)に足利義昭を奉じて上洛し、その際堺の街に二万貫の矢銭(軍資金)を要求し、堺がこれを拒否して対立姿勢をとったことはこの稿の中でもご紹介しました。史実では防備のために武者を雇った他、堺と同じような自治組織のある平野郷に同盟を…
堺の話の途中ですが、本日11月16日に放映された大河ドラマ「べらぼう」の話を。 第44回「空飛ぶ源内」で獄死した平賀源内が生存しているのでは・・という疑問を呈しながら、仇敵であった「あの人」と再会し仇討ちをもちかけられるところで「次回」となりまし…
助左衛門が続けます フロイスというパーデレが教えてくれました ルソンか、良かろう、まずそのルソンという島に行こうじゃないか はい! 武将をやめて商人になる夢を語り合います そしてそのルソンの産物を独占するんだ、住民とも親しくして彼らが欲しがって…
第5回の「退却」6回の「狙撃」では、殿を務める木下藤吉郎を巡ってのやりとりが描かれます。急遽退却を決めた信長には「殿をお命じください」と藤吉郎は決死の覚悟を示して主従のつながりを柴田勝家、明智光秀や徳川家康との同僚(家康は同僚とは違いますが)…
「黄金の日々」初回を見直してみて思ったのが、冒頭から主人公を取り巻く人物像が巧みに織り込まれていたこと。大河ドラマのような長期にわたるドラマでは、視聴者が主人公や周辺の登場人物に感情移入する時期はなるべく早いほうが良いに決まっています。そ…
昭和五十三年(1978)の大河ドラマ「黄金の日日」の初回あらすじご紹介の続きです。(これを全回分やるつもりはありませんのでご安心を)奉公人の中から集められた「死んでも悲しむ身寄りのいない」数人の若者たちを前に宗及は次のように告げます。命の惜しい…
宗易(利休)の家に立ち寄った宗及を待っていたのは、京都から逃れてきた小西隆佐(演:宇野重吉さん)でした。会談する3人の前には2つの茶器が置かれています。 千利休屋敷跡(堺市「利晶の杜」の向かい) 1つはひと抱えあるような大きな壺で「松島の葉茶壺(はち…
wikipediaで「黄金の日々」の項を見ると 従前は武士を主人公に取り上げた作品がほとんどだったが、今作では初めて商人を主人公に据え、庶民の暮らしと経済面から時代を描く物語の展開となった。 とあります。堺の商人たちが如何に戦国大名、天下人といった支…
京都で布教の許可を得るという成功には、ヴィレラが学習意欲が高い人物であったということがあげられます。通訳なしで教えを説くことができるほど日本語を習得していただけではなく、日本文化や仏教の宗派や教義、歴史についても知識を持っていました。日本…
日比屋了珪は京都にいた同じ堺の豪商、小西隆佐(こにし りゅうさ)宛の紹介状をザビエルに持たせていました。隆佐は薬種問屋を営み、主に京都で活動していたのです。ちなみに豊臣秀吉に仕え、肥後国(熊本県)南半分の大名となった小西行長は隆佐の次男にあ…
旧PCがウィンドウズ11へのアップデートに耐えられないため、新たに買ってセットアップしたものの、それに時間がかかってしまい、土日更新ができませんでした。 一応更新する気はあるので、ヴェネツィア編でアップしなかった写真を何枚か紹介してお茶を濁しま…
先のように堺について語ったガスパル・ヴィレラは、前年の永禄三年(1560)に足利十三代将軍の義輝から、京都でのキリスト教布教の許可を得ています。彼は堺を訪れた二人目のイエズス会宣教師でした。では最初に訪れたのは、というと日本にキリスト教を伝え…
愛読しているコミック、ゆうきまさみ先生の「新九郎、奔る(はしる)」は、伊勢新九郎盛時(いせしんくろう もりとき、後の北条早雲)の物語です。少・青年期の応仁の乱あたりからスタートし、20巻で細川政元による将軍のクーデターが発生、最新刊(21巻)で…
前回、文明年間に遣明船が堺から出航した、とご紹介しました。「応仁の乱」は応仁元年(1467)から文明九年(1477)まで続いており、この戦乱が堺の街に利をもたらしたと言ってよいでしょう。これは戦乱により瀬戸内海を通る海上ルートが避けられ、九州~四…
要衝として栄えた、とはいっても歴史の表舞台に立つほどのものではありません。堺の地にも港はあったものの、漁港としての発展にとどまっていたようです。平安時代の近畿地方における国際貿易の拠点(日本全体では大宰府でしょうが)はというと、遣唐使の時…
環濠都市(集落)の話の前に、「堺」の地名の由来からご紹介していきます。漢和辞典で「堺」の文字を調べるとさかい。くぎり。土地のさかいとなる所とあります。もこの地が摂津・河内・和泉国の境にあることに由来し、平安時代から「境→さか井→堺」という変遷…
水路のある街として「ヴェネツィア」の紹介から入ると、日本で最初にご紹介する都市として「堺」を選ぶのは、誰もが納得されるところではないでしょうか。 16世紀後半に来日したイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラが残した書簡に書簡に「堺の町は甚だ広大…
「東洋のヴェネツィア」堺の話に入るところでしたが、突然ですが本日訪れた(四回目ですが)栃木の話をします。水運で栄え、街並みに水路が通るという点で、このシリーズでも紹介する予定の街です。 三週間前、浅草にある「べらぼう 江戸たいとう大河ドラマ…