おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

「櫻守」を歩く5

披露宴は武田尾温泉の宿「たまや」で、身内だけをよんで行われました。戦争中のことで、この地域でも灯火管制がやかましく、夜の明かりは自粛しなければならず午後一時からの宴でした。

竹部を中心に話が盛り上がる中、それまで黙っていた弥吉が突然竹部に言います。

「先生、わいら、今晩は、桜山の小舎で寝さしてもらえまへんやろか」

先輩の園丁である喜七が「そらええ」と賛同すると、笹部も

「好きなようにして下さい。小舎に畳は入ってます。なんなら、わしの研究室のよこの六畳に寝てもろうてもええ。滝の横の楊貴妃は今晩あたり満開ですわ。」

園も小さいころからよく知った桜山で満開の桜を見て泊まりたい、といい、二人は桜山へ行くことになりました。

桜山内に残る小舎「隔水亭」

桜山に泊まるという二人をみて、嬉しくなったのか、竹部はこれまで他人に言わなかった昔話を披露します。それは、まだ妻が存命な頃、巣箱を作って楽しんでいる話をしたところ、巣箱に鳥が入るのを見てみたいとのことで、小舎に泊まった時の話でした。

そして竹部は園に向かってこう言います。

「園さん、虫がいてこそ、鳥が住みます。鳥が住むからこそ、花や果が育ちます。花や果が育つと、山は美しい。このことをようおぼえておいて下さいね」

「二階の窓から、桜山をみてるような女ごにはならんで下さい。山の自然は美しいというても、これは、なかなかのことで美しいのやおへん。男が鉈(なた)もって、藤つる切って、荒れんように手を入れてこその山。美しい眺めどっさかいな。花もまあ、はたから眺めて、美しいにはちがいはありませんが、植木屋の奥さんだけは、その裏側を知っとってもらわんとかないまへんえ」

 

五時過ぎに披露宴は解散となり、料理の残りなどの風呂敷包みをもらい、夫婦は桜山へと向かいます。

竹部らに見送られながら、二人は桜山へ向かいます

うるんだ誰もの眼に、遠い桜山の尾根の花がかすみ、その下のトンネルの黒い穴へ、紋付をきた弥吉が、園の手をひいて吸い込まれるのがみえた。

 

さて、この夜の美しい描写を紹介するのにこれまで回数を重ねてきましたが、次回はいよいよその場面です。