今年の春は笹部新太郎、という人物を知り、そこから彼をモデルにした水上勉さんの小説「櫻守」を知り、その舞台をいくつかたどりました。小説のフレーズも抜き出しながら、その世界観をご紹介できればと思います。
主人公の弥吉は山桜の美しく咲く鶴ケ岡に生まれ育ちました。京都市から5、60km北にある里です。十四歳で京都の植木屋「小野甚」に奉公、そこで十数年務めた後、先輩の職人、喜七の紹介で桜山の主人、竹部庸太郎の下で園丁として働くようになります。
最初に竹部の自宅に会いに行く場面、
「阪急電車の岡本駅を降り、山手へ十分ばかり歩いて、屋敷町にある竹部庸太郎の家を訪ねたのは昭和十八年の六月、梅雨のうっとうしい一日である。」
「ついその年の春、大坂の中之島に大きな屋敷があったのを思い切りよく竹部は空屋にし、別宅にしていた岡本に越していた。」
初対面の竹部は弥吉の故郷の話を聞き、桜の話をして盛り上がり、その日のうちに弥吉の就職は決まりました。竹部は宝塚の武田尾と、京都の向日町で桜を育てており、そこの番小屋で起居して桜の世話をするのが仕事でした。
屋敷を出て阪急の駅まで歩く間、喜七は弥吉に竹部から言われたことを話します。
「武田尾の番小屋は山ン中やけど、向日町の苗圃(びょうほ)はなんも寂しいとこやないそうや。町から丘よりに仰山(ぎょうさん)孟宗(もうそう)が生えとる。そこの隣にある。畑の端に、便所も、流しもついた六畳と、三畳くらいの三和土(たたき)の家が建っとる。そこに寝泊まりしてくれてもええいうてくれはった。」
向日町の苗圃については以前少し触れましたが、高速道路(名神)建設のための盛土の供給地として取り上げられ、一時荒廃しました。が、現在は地元有志の方々により「桜の園」として整備されています。
もうひとつの舞台、武田尾については、小説内に美しく印象的な表現があるのですが、そちらの紹介は次回に。