おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

蘭世の漢友3

司馬江漢前野良沢の弟子となり、オランダ語を学ぼうとしましたが、なにぶん絵画など他の分野に興味がが散ってしまっていて、ものにならなかったようです。自分の版画にもアルファベットを書き加えていますが、実際は綴りが間違っていたりしています。

そういう江漢が頼りにしたのが、同じ時期に前野良沢からオランダ語を学んだ大槻茂賢(しげかた)です。彼は杉田玄白に医術を学び、一方で良沢からオランダ語を学んだことから、後に二人の名前を一字ずつもらい、「玄沢」と改名することになります。

日本史にも出てくるオランダ語の入門書「蘭学階梯」の著者ですね。

この項の時期は改名前ですが、紛らわしいので「玄沢」名で話を進めます。江漢は玄沢より十歳年上ですが、後に玄沢に弟子入りしながら洋書を持参し、その意味を教えてもらい、版画技術の習得につとめました。

その甲斐あって、天明三年(1783)、日本人の手による最初の銅版画「三囲之景」(みめぐりのけい)が生まれました。

三囲(みめぐり)とは聞きなれない地名ですが、隅田川の東河畔、向島にある三囲神社を指します。

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墨田区 三囲神社

現在は、首都高速向島線が河に沿って走っており、河堤から神社側を見渡しても当時の景観を偲ぶのは難しいですが、隅田川を臨む風景は気持ちのいいものです。

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三囲神社西の河堤から隅田川を臨む 川は左に曲がっています 三囲神社はこの右側⇒

文化遺産オンラインなどで「三囲之景」を見ていただくと違和感があります。というのは、この絵は北(川の上流)を向いた情景を描いているのですが。堤から見て左に神社があり、隅田川は右に曲がっています。(上の写真では左に曲がっていますよね)

版画なので元の下絵の逆に刷り上がっているのでしょうか?

その理由については次回に。