おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

根は口ほどにものを言う2

 

「切口にコールタールを使おう」

コールタールは石炭を精製するときに分離して生成される油状の物質です。当時は鉄道の枕木や、電柱(木製)の防腐剤に使われていました。

当時、材木の防腐剤としては最強のものでしたが、生きた樹木にそれを塗布することなど考えられなかった時代です。劇薬を傷口に塗ることになりはしないか、動揺する弟子たちに親方は言い放ちます。

「今回の移植は前代未聞の仕事だ。常識外の仕事をするのに、常識は意味がない」

一缶分、18リットルのコールタールを調達すると、自ら切口にコールタールを塗っていきました。弟子たちも親方に続きます。塗った上から丁寧にむしろを巻き付けました。

移植直後の2本の桜

笹部さんが現地に到着、無残な桜の姿を見て驚愕します。が、顔色を変えたのは最初だけで、すぐに冷静になり、丹羽さんの判断・仕事ぶりを次のように評価しています。

「その木が手ごろの太さででもあればともかく、かりにも何百年というほどの巨木ともなれば、数字の比率のようには簡単には事は運ばぬことは解りきってはおるし、~第一、既にもう伐ってしまってあるのでは、いまさらどうにもならない。」(桜男行状)

笹部さんは一つだけ頼みごとを告げました。

「丹羽さん、小枝を一本残しておいてください。春、そこに花が咲けば、生きている証になります」

二本の桜の移送の準備が完了し、いよいよ運搬にかかるところ、その合図を笹部さんが出すことになりました。「桜男行状」でその時のことを次のように回想しています。

丹羽君らを中心に、周りには電発と間組の人たちが一斉にみな私を見つめている。こんな仕事をするには私は余りに年を取っていて定めしみじめなこの私の姿を見たことであろう。(中略)私はしらずしらずに眼を閉じ、両手を合わせてひたすら神仏のお加護を祈った。そして、さっと右の手を高く上げた。

枝と根を大きく切り取り、重量をかなり削った桜の運搬はスムーズに運び、ダム上の移植地に樹を立て、根を埋めました。

昭和三十五年(1960)12月24日、類を見ない大規模な桜の移植工事は完了しました。

移植後の桜については次回で。