駆け出したクロが戻ってくると、今度は「う巻き」をもって
「さぁ、これ食え」
「兄さん、これ何です?」
クロは弟に「う巻き」とはうなぎを卵で巻いたものであること、だんさん(旦那さん)が食い飽きたと見えて、これをくれたことを告げます。
「へぇ~聞いたことはあっても珍しもんばっかりや」
ふと、う巻きの入っている器に目を向けると、
「器、これ兄さんの?漆塗りでんなぁ、わて、いつも食べてんのすりばちの底ばっかり舐めてたさかい、舌ざらざらになってまんね。でも、こんな珍しもん、まず兄さんが」
と遠慮する弟に、
「わしゃいらん、ちゅうてんねん。さいぜんも言うたように、こんなもん食い飽きてんねや。今晩あたりすぐきかなんかで、あっさりと茶漬けが食いたいと思てんねや。お前、食うたらええ」
(「すぐき」の他に「奈良漬」のバージョンもあり)
「あぁ、さよか」
と言っていると、また奥の方で
「し~来い来い来い」
「あ、兄さん、また呼んではる」
「よし、今度はあっさりと、吸い物かなんか貰うて来たるさかい、待ってぇや!」
と走っていきますと、今度はごんぼ(ごぼう)のような尻尾を下げてしおしおと帰ってきました。
「兄さん、今度はなんぞくれはりましたか?」
「いや、何もくれはらへん・・」
「何もくれはらへん、って『来い来い』、呼んではりましたがな」
「行ってみたらな、乳母(おんば)どんが、ぼんにおしっこさしてはったんや・・」
ここの「サゲ」、親(この場合は乳母ですが)が子に小便を促すときの掛け声(?)として実際に聴いた世代は私あたりで最後なのではないでしょうか。桂枝雀師匠の全集の高座では、マクラの部分にご自身の子供時代に父親に抱えられておしっこをしたり、空襲で逃げ惑った思い出話を交えてサゲへの伏線(?)にしています。
枝雀師匠の師匠にあたる米朝師匠は、人間の運不運についてマクラをふって話を進めていますが、同じ星の下に生まれてもその後の境遇で性格から何から変わってしまう、という中々含蓄と味わい深い噺です。
「鴻池の犬」についてはここまで。本来なら次回からは「はてなの茶碗」をご紹介するところですが、今週見てきた桜の話をしたいと思います。