移植工事は単純な工程だけでいえば
①桜を根まで掘り下げる(運べる状態にする)
②移植先に桜を運搬する(直線で600m、高低差は50m以上)
③移植先に桜を植える
というものですが、これだけの巨樹で、しかも傷に弱い桜のこと、慎重に進めていく必要があります。笹部さんは作業の最初からは立ち合えませんでしたが、丹羽さんに次のような指示を出していました。
①根ごしらえは少なくとも径5間の円形にすること
②枝はなるべく伐らぬことその上から
③たとえ伐るにしてもその角度と個所などは必ず自分の指示に従うこと
丹羽さんの指示の下、弟子たちが根を傷つけな周囲から大きく土を取り、その上から保護のために荒縄を巻いて包み込みます。その縄も、酒樽に使用される太く頑丈な縄をトラック1台分用意していたのが、桜一本で全部使ってしまい、慌てて追加の縄を調達したそうです、
桜の根を掘り出すのに一週間を費やし、11月29日、移植先への運搬を行う日がやってきました。電源開発がダム工事を行う間組に声かけして用意した例の最新鋭クレーンの登場です。
クレーンのワイヤーに桜の幹が巻き付けられ、エンジン音が響きます。笹部さんや職人たちが見守る中、クレーンの運転手がハンドルを操作するのですが、桜は微動だにせず、動く気配がありません。次の瞬間、工事の面々は凍り付きます。桜がバランスを崩し、倒れた瞬間、枝の折れる音が響きました。
枝も、根も、根についた土も併せて40トンにもなった大樹は、クレーンの運搬能力を超えていました。このままでは移植先に運ぶことすらできません。
いったん工事を中断、対応策を検討する間、新たな根が伸びているのを見つけた丹羽さんは、笹部さんの不在の間に大きな決断をします。
「枝を伐りおとす」
運べなければ意味がないという現実に直面した丹羽さんは、「桜伐る馬鹿」の汚名を笹部さんに負わせないよう、独断で伐採を弟子たちに命じたのです。
「新たな根が生えてくるということは、枝を伸ばす生命力も宿っているに違いない。」
指示に従って、弟子たちは丁寧に枝を伐り落としていきます。誰かが思わず
「南無阿弥陀仏」とつぶやくと、丹羽さんは一喝。
「この桜は死なせない、縁起でもないことを言うな!」
さらに幹に栄養分を吸い上げる必要最低限の部分を残し、根も大胆に切り落としたことで、かなりの重量を落とすことができました。
次に丹羽さんが出した指示は、弟子たちも耳を疑うものでした・・この続きは次回で。