おっさんの街歩き(忠敬に憧れて)

首都圏周辺の見て歩きや気になった本やドラマなどについて語ります

山は流れてどこどこ行くの2

赤城神社の入口に「赤城神社赤城山」と書かれた案内板が立っていて、その記述をまとめてみます。

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小山(赤城山)の上に祀られた赤城神社本殿
・この神社の本殿が祀られる海抜15mの小山を赤城山とよんでいる
・昔、群馬県赤城山が噴火した際、その土砂が流れついたことから、流れてきた山=流山の地名となった
・別の言い伝えでは、赤城山の御札が流れてきたからというのもある
赤城山といえば、国定忠治でも知られる上州(群馬県)にそびえているわけですが、実際にそこから流れてきたのかはともかく、この神社や、これからたどってい道のすぐ西には江戸川の土手があります。洪水などで土砂が流れ込んで小山を形成したということが、実際にあったのかとも思われます。

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流山のすぐそばを流れる江戸川

赤城山噴火の伝聞と洪水発生のタイミングが同じだったからそのように信じられたのではないか、とか、想像のタネは尽きません。

余談ですが、流山から20km下流の市川には「真間」という地名があります。更に約10km下流に「欠真間」という地名があり、この地名の由来も洪水で真間の地の土砂が削られ(欠け)、その土砂が流れてできた土地なので「欠真間」の由来となったといわれています。今よりずっと洪水の被害が大きかった時代、大きな河川ではこうしたことが起こることは少なくなかったのかも知れません。

流山は、小林一茶近藤勇とのかかわり(両者とも流山出身者ではありません)でもよく知られていますが、そのあたりは次回以降で。